夢と知りせば覚めざらましを

楽しく生きたいジャニオタのブログ

きみのすきなところなんて、かぞえきれないほどあるのに


今年の誕生日はとてもしあわせだった。朝から剛くんとイノッチが共演して、昼には長野くんを生で拝んで、夜にもまた剛くんがテレビに出てた。なんて日だって叫びたくなるくらい、V6ファンとしても最高の1日だった。でもなにかが足りない。自担が、足りない。

前記事でも書いたように、最近のわたしは自担の露出がすくないさみしさを埋めるために、他のメンバーに浮気をしている。だからといって担降りはしないし、しようとも思わない。一体なにがわたしを引き止めているのだろう。彼の担当になってから、ちゃんと考えたことがなかった。なんとなく好きだった。いや、なんとなくなんかじゃないことはわかっていたけれど、向き合おうとしてこなかった。だから今、このタイミングで、ちゃんと自担のすきなところをはっきりしておこうと思う。

自担のすきなところなんて、たくさんある。だけど強いていうなら、「仕事に対する姿勢」がいちばん好きかもしれない。彼は絶対に中途半端なことはしない。どんな仕事も全力で立ち向かい、全力でやり遂げる。それは彼の容姿を見れば一目瞭然だ。髪を思いっきり短くする、ひげを蓄える、もともと大きい身体をさらに一回り大きくする。たった一つの『人の心をうごかしたい』という想いだけで、時に限界を超えてまで身体を張る彼は、最高のエンターテイナーだと思う。

アイドルという仕事は、俳優という仕事は、いつも私たちに完成型しか見せてくれない。ひたすらに美しい姿しかみせてくれない。それが彼らの美学だから。私たちは彼らの努力を自分なりに想像してみる。だけどきっと彼らは、私たちの想像の何倍も、何十倍も、それ以上に、見えないところであがいてもがいて苦しんでいる。

私の担当は、自分のことを『アイドルとしては劣等生』だという。『歌も踊りも得意じゃない』という。でも彼は1度も逃げなかった。苦手なことを20年も続けてるって、すごい。もっとほかに、彼にとってしあわせな道も用意されていたはずなのに、あえて困難な道を選んだ。そこには揺るぎない強い意思が存在する。私の担当は、強い人だ。だけど彼はまた『もっと強くなりたい』なんて言う。

彼はどこまでも、いつまでも自分を追い込む。いつでも「高み」を目指している。その「高み」は私みたいな凡人にはどんなに理屈で説明されても理解できない。彼自身もほんとうは「高み」なんて見えていないのかもしれない。仮に見えていなくたって、きっと彼はその「高み」を夢見て果てなき戦いをつづける。

彼の思想ごと愛してしまいそうになる時がある。思想まで愛してしまったら、ただのファンではいられなくなる。思想を愛することは、入信することと同義だ。とたんに芸能人とファンという関係は、神と信者という関係になる。信者は絶対に神に逆らわない。神に逆らったら、かならず罰が下される。そんな息苦しい関係は、きっと両者にとってマイナスでしかない。いつか居心地が悪くなって、逃げだしてしまう。

「ぜんぶ好き」って言うのは簡単だけど、「ぜんぶ好き」になるのは簡単じゃない。仮に「ぜんぶ好き」になったとしても、かならず破綻する。「ぜんぶ好き」に愛はみられない。

私の担当は、雑誌のインタビューなんかで、自分の哲学を披露することがある。その哲学に対して、全部イエスと言ってしまうのは間違っているというか。ちゃんと1度自分の中で咀嚼してからイエスかノーか判断するべきだと思っている。ファンであるならば。すべて肯定するのは誰にでもできるし、ちゃんと読めていない証拠。よく考えて、これは正しい、これは間違っているって、ちゃんと自分なりの判断を下さなければならないと思っている。ファンだから。だってきっと、彼の哲学にちゃんと付き合おうとするのって、ファンしかいない。彼のことを本気で知りたいから、少しでも思考に近づきたいから。きっとたどり着けないけれど。それでも、これからも彼の哲学に真摯に向き合える、ファンでありたい。